1) はじめに
東京駅より3分、有楽町より5分の好立地にイーク丸の内・女性のための統合ヘルスクリニックは存在する。診療スペースは約150坪、外来診療のクリニックとしてはやや大きく、人間ドックとしてはやや小さい。ホテルに例えていうと、巨大なシティホテルではなく、ペンションでもなく、スタッフの目がちょうど行き届くサイズのオーベルジュのイメージである。
当クリニックには現在、毎日70名を越える健診受診者、外来患者が訪れる。来院者は全て女性で、その方々の診察に直接当る医師、技師、看護師、スタッフも原則的には女性である。「女性のための統合ヘルスクリニック」の名称のとおり、イーク丸の内は、「女性による、女性のための」クリニックである。
本稿ではイーク丸の内について説明を加えながら、同クリニックがチャレンジして来た「3つの挑戦」について書かせて頂きたい。
2) イーク丸の内とは
イーク丸の内は英語で書くと「ihc」であり、「Integrated Health Clinic」の頭文字をとっている。「ihc」はすべての女性の健康(health)のために、内科、婦人科、乳腺科などが従来の診療科の枠を越え、重なり合う形で一体となり(integrate)、新たな調整をしていく医療機関(clinic)を目指している。この三つの言葉を組み合わせたコンセプトが「ihc」を日本語では「イーク」と読む。「イーク」は古代マヤ語で「風」を意味し、女性の人生に良い「風」を送り込みたいという願いをこめて付けた名前である。
イーク丸の内には、3つの運営コンセプトがある。
①女性のスタップによる、女性特有の疾患に注力した健康診断
②日本のトップレベルの乳腺、婦人科検査
③女性のライフスタイルを支援する統合的な外来治療、相談
いずれも、「女性には男性と違うカラダの悩み、病気がある」、「できれば女性の医師、スタッフに相談したい」、「未病や予防の相談をしたい」という女性の声を受けて構築されたものである。
イークのコンセプトを実現するために重要なのは、「医療」と「サービス」の融合である。まず院内の医療体制であるが、内科、乳腺科、婦人科を標榜し、常勤医師3名、非常勤医師15名の体制で平日および土曜日の半日診察を行なっている。検査機器もクリニックレベルとしては、最高水準のもの、デジタルマンモグラフィSenographe DS、3D/4D超音波画像診断装置Voluson730、高精度を保ちながら、高速撮影、低被ばく量で検査が可能なDXA法を用いた骨密度測定装置PRODIGYなどを導入している。
健康診断を受診した方にとって、院内の体制と同じくらい気になるのは、「万が一の時の紹介先」である。イーク丸の内の場合は、聖路加国際病院、東京大学病院等と強い連携体制を築いており、万が一の場合は速やかに同病院およびその系列に紹介できる体制を敷いている。健康診断と精密検査はイーク丸の内に依頼し、要治療の方だけを病院が見るという仕組には、受け入れ先の病院もメリットを感じていただいていている。
近年、患者や受診者に対する「サービス」も医療機関にとって必須となってきているが、イーク丸の内ではそれぞれの来院者に対し、ヒューマンタッチのハイサービスの提供を目指している。150坪のスペースは健康診断機関としては広くない。広ければ、ドーナツ型の回遊ルートを作り、ある程度効率的に受診者を誘導することも可能であったが、同院の場合は幸か不幸かそれはできなかった。その代わり、受診者には真ん中に位置する待ち合いスペースで待ってもらい、スタッフが声を掛けるという誘導の方法をとっている。スタッフにとっては効率性が落ちるが、受診者は機械的に処理されている感じがせず、好評である。
声掛け誘導に限らず、イーク丸の内では細部での気遣いに力を入れている。検査の結果は、当日お伝えできる体制を引くだけでなく、検査中の技師の声掛け等で来院者の不安を取り除く工夫をしている。また細かい例で言えば、マンモグラフィを受診する際に、緊張で貧血を起こす方がいたが、緊張を和らげるアロマを炊き始めてから皆無になった。
現在、来院者には満足度調査を記入してもらっているが、現時点では「次もイークを選ぶ」率が98%、「友人等に勧める」率が95%と高い満足度を確保している。満足度調査は、曜日別、医師・技師・看護師等の職種別、検査種類別でとっており、課題があれば速やかに発見、改善できる仕組が構築されている。
3) イーク丸の内の3つの挑戦について
イーク丸の内は、「女性による、女性のためのクリニック」として各種「挑戦」を続けている。以下、これらについてご紹介したい。
1.女性特有の症状、疾患への挑戦
まず一つ目の挑戦は、イーク丸の内のコンセプトそのものである。女性のカラダは男性にはない、子宮、乳房等の臓器、女性ホルモン等の影響を受ける結果、疾病構造や体調が異なる。当院として、特に注力しているのは乳がん、子宮・卵巣がんの早期発見、早期治療である。男性が50代からゆるやかにがん年齢に突入するのに対し、女性は20代から子宮頸がん、30代から乳がん年齢に差し掛かる。
しかしながら、この年齢はまだ若いからと健康意識が必ずしも高くなく、また結婚、仕事等々で忙しくなかなか健康診断に時間を取ることも難しい。加えて、健康保険組合や企業、自治体等が、健康診断を金銭的に助成している場合も、女性特有のがんの発生頻度、年齢についての知識が十分でなく、結果として適切な健康診断の仕組をもっていないことが多い。
イーク丸の内では、ピンクリボン運動に協賛、協力することにより啓蒙活動に力を入れる一方、少しでも女性が受診し易いよう「女性スタッフを中心に運営する」等、女性にとっての来院ハードルを下げるよう努めている。また、企業や健保組合向けのセミナーを開催することにより、少しでも女性のカラダの問題を理解してもらえるよう努力している。
2.経営再生へ向けた挑戦
現在は来院者も多く、順調に見えるイーク丸の内の経営であるが、実は2年前は瀕死の状態であった。「好立地に、最高の検査機器、高名な医師を揃えれば、必ず経営はうまくいくだろう」というのが、医療界の一般的な考え方かもしれないが、残念ながら今時の医療経営はそう簡単ではない。イーク丸の内は、開設後約2年で4億円程度の負債を抱え、破産をしている。医療法人社団プラタナスでは、イーク丸の内のコンセプト自体は非常に価値が高いと認め、営業権譲渡を受ける形で再生に乗り出した。
コンセプトが幾ら良くても、マネジメントが不在では医療機関の経営は成り立たない。また「神は細部に宿る」ではないが、医療上、サービス上の細かい部分を作り込み、命を吹き込まないと本当の意味では動き出さない。
再生開始後、医療法人社団プラタナスでは、医療サービス体制、細かい業務フローやコスト構造を見直し、営業や広報にも力を入れた。いろいろ苦労はあったが、結果的には来院者や紹介先満足、信頼も確保することが出来、月間2000万円程出ていた赤字が、約1年で黒字化した。
3.丸の内から日本全国への挑戦
幸いにして今は非常に評判が良く、経営状態も安定しているが、イーク丸の内が一日に受入れることが出来る来院者は限られている。日本中の困っている女性にもっとリーチできないか、と考えた一つの解が株式会社ワコールとの提携である。同社は女性向けの下着を作っている関係で、従来より乳がん対策活動には非常に大きな力を注いで来たが、昨年、乳がん検診バスを一台保有することになった。その運営者としてイーク丸の内にお声がけ頂いたのである。
乳がん検診バスがあれば、全国各地での乳がん検診受診者にリーチすることが出来る。共通の思いの元に、ワコールの乳がん検診バス「AIO」が2009年秋から稼働を開始した。東京近辺は、イーク丸の内が運営機関として活動することになる。その他の地方については、各地元の医療機関との提携も含め、今後運営体制を構築して行く予定である。ワコールの乳がん検診バスは、デジタルマンモを搭載しつつも、内外装、照明等随処にワコールらしいデザインセンスが活かされており、受診者には「温かい」、「優しい感じ」ときわめて好評である。
上記のように、イーク丸の内では「女性の健康づくり」に向けて様々な挑戦を重ねている。やり方は異なるにしても、全国に同じ思いを抱きつつ活動している医療機関は多数あると思う。乳がん検診バスの運営以外にも、今後手を携えてネットワークで活動できる方法も模索して行きたいと考えている。




