メディヴァ代表大石佳能子による連載コラム | 医療経済を斬る

アジア・ヘルスケア会議から日本を顧みる(その2)

2008.09.04

マッキンゼー社がシンガポールで開催した「アジア6カ国(日本、韓国、中国、シンガポール、
インド、オーストラリア)ヘルスケア会議」での見聞について、前回は医療保険について書か
せていただいた。本稿はその続編である。同会議には各国から、医療保険者(主として民間保
険会社)と医療提供者(病院等)、官僚、学者、コンサルタントが出席していた。今回は医療
提供者(病院等)について述べさせていただく。

医療提供者(病院等)については、日本の病院経営者と一番大きな違いは、それぞれが病院を
「事業」として、「科学的に」経営していることであった。例えばシンガポールで最も歴史が
あり、1500床で年間72000人を診ているSingapore General Hospitalでは、公的な医療機関と
して3分の1、民間医療機関を含めると4分の1の急性期ベッドを抱える病院として、いかに
効率的に高い医療を国民に提供するか、をミッションとしている。ミッションの達成のために
、どうすればより多くの患者さんを受入れることが出来るか、というのが最大の課題となる。
ベッドの効率的回転のためには、手術室の効率的な回転が必要で、トヨタの看板方式に類似す
る経営手法を導入し、質を落とさず、むしろ向上させながらの効率化に、日夜取組んでいる。
 これらの病院には、それぞれ明確な「目標値」、「指標」があり、「何人の患者を診たか」、
ベッドや手術室を「何回転させたか」、だけではなく、その結果、「医療の質」はどうだった
かも測定し、HPを含め、あらゆるところで公表している。

翻って議論は、我が国の医療についてとなった。日本の医療レベルは世界的に見て、高水準に
あるとは思われている。日本は、世界でも有名な長寿国であり、乳幼児死亡率は非常に低い。
しかしながら、日本を訪れたアジア各国の病院経営者は、日本の病院を見学すると「イメージ
と違う」前近代性に驚くようである。日本の病院は「科学的経営」によって運営されている場
合は非常に少なく、他国に比べるとシステム化されておらず、医師・看護師の労働集約的な
「奉仕」によって辛うじて質を保っているように見えるそうである。また、成果の測定を行な
わない、エビデンスに基づく医療が重視されていないように見える等、医療自体も「科学」と
して扱われる度合いが低いのにも驚くとのこと。更に、各国の病院経営者にとって最も理解に
苦しむのは、医療機関の「非営利の原則」である。アジアを含め世界各国にも「非営利(NPO)」
の病院は存在する。元々教会等が恵まれない人たちを救うために始めた病院は、米国のように
「医療にお金が掛かる」ことで有名な国でも「非営利団体」として運営されている病院は存在
する。しかしながら、日本の病院の場合は、「非営利」ということが、「儲かってはいけない」
ということと同義に使われており、場合によっては「儲けるのは悪だ」というように解釈され
ている。しかしながら、病院も他の事業体と同様、「儲けない」と誰かが赤字を負担しなくて
は存続し得ない。

彼らにとって「非営利」の概念に加え混乱を招くのが「非配当」の原則である。「株式会社は
病院の運営主体になることができない」というのは、少なくとも今回参加した各国の経営者に
は驚かれた。更に、「個人の開業」の場合、病院の収入からコストを引き、税金を払った残額
全部が、オーナーである医師の収入となる、ということになると全く理解ができないことにな
る。「それは100%配当と変わらないのではないか」と問われるが、この点になると筆者もど
うしてそういう矛盾が許されるのかは、答えられない。いずれにしても、経済先進国であり、
ある面においては医療先進国である日本の病院は、アジアの国の病院経営者から見ると模
範とはならないようである。

日本では米国を始め、他国の例を引くとその国の「医療技術」、「医療機関経営」、「医療制
度」の課題が混在して話をされ、まとめて否定されることが多いような気がする。もしくは、
まとめて礼讃されることもある。日本における医療制度や病院経営の課題に対する捕らえ方は
あまりにも偏狭で、このままでは世界から取り残されるのではないかという恐怖感を感じざる
を得なかった。
今回、それぞれの国の制度と医療機関経営の「明」と「暗」を感じる良い機会であったが、学
ぶべきところは部分的にでも積極的に取り入れる姿勢がこれからの日本の医療を考える上では
必須となるのではないか、と思われる。
 

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