コンサルタント 山本桂子
クリニックを新規に開業する際、その成否を大きく左右するのは物件選定ではないでしょうか。私たちがお手伝いしている先生では、最短で2カ月、通常は半年ほど。中には2年以上かかった先生もおられます。
私が1年以上にわたって物件探しをお手伝いした先生の話を通じて、物件決定までにどのようなことを検討すべきかをお話してみようと思います。
最初に希望される開業場所をお聞きします。先生が希望されていたのは今のお住まいの近くと、以前住んでいてある程度土地勘のある町との、2つの私鉄の沿線でした。
まずはその沿線での物件探しです。
不動産業、調剤薬局、リース会社...業種は様々ですが、医療物件を多く手掛けている業者40社ほどに、その沿線で希望条件を投げて物件探しを依頼します。それとともに、自前の診療圏調査ソフトを使って、人口密度で色分けした地図に競合クリニックのマッピングを行い、人口が多いのにクリニックが少ない地域がないか、地図の上から探していきます。物件が届くと、その地図で場所を確認し、条件が良さそうなら、実際に詳しい診療圏調査を行い、一日の推定患者数等を算出します。
2つの私鉄の線のちょうど真ん中で、どの駅からもかなり離れているが、周りにほとんど医療機関がないため、計算上では推定患者数が1日60人を超すという、非常に良い物件が見つかりました。
まずは実際に現地に足を運び、物件を見ます。郊外のロードサイドで、近くに今はやりの大型衣料チェーンやカフェ、ドラッグストアなどが並び、人通りもまずまず。でも、うーん残念!クリニック予定地がそのあたりで一番高い場所のため、どこから来るにしても、なだらかな上り坂になるのです。車だけなら問題ないのですが、自転車や、まして徒歩の患者さんは、とても大変そう。内科、特に高齢者を対象としたいという考えの先生なので、ここでの開業は難しそうです。
次に見つけた物件は、駅から徒歩15分。駅周辺はクリニック過密地帯ですが、さすがに15分歩くと少なくなるため、推定患者数も40人近く。物件もきれいで、ちょうど大きな交差点でかつバス停の前ということもあり、人通りも多い。これはいけるかも!ということで、さっそく道行く人にヒアリングです。「このあたりにいいクリニック、ありますか?みなさんどこのクリニックに行ってます?」その問いかけに、多くの人が「駅前の○○先生がいいですよ」物件と駅との間に、非常に強い競合クリニックがあるようです。そうなると、推定患者数もかなり割り引いて考えなければならなくなります。ということで、この物件も断念。
その次に見つかった有望物件は、内見すると水回りがクリニック仕様になっておらず、トイレだけは何とか作れても、診察室や処置室の手洗いを作るのは難しそう。ほかの条件がなかなか良かっただけに残念でしたが、これもNG。
業者から来る物件だけではなかなか決まらず、地図を見てよさそうな場所にこちらから出向いて物件探しです。まずは駅周辺の不動産会社を片端から訪ね、地元の情報がないか確認。そのあとクリニックが少なく有望と思われる場所を歩き、実際に空き物件がないか足で探します。ちょうどよさそうな場所に空き物件を見つけると、そこから張り紙してある電話番号に直接連絡し広さや条件を問い合わせる...そんなことを地道に繰り返します。
また良い物件が見つかりました。競合が少なく、バス停前で人通りが多い。これなら先生に紹介できる!とさっそく内見していただきました。先生もかなり乗り気の様子。一つ心配なのは物件が少し狭く、且つ形がいびつなこと。果たして内科クリニックとして必要な部屋をレイアウトできるのか、不安です。設計業者にお願いして簡単な図面を書いてもらい、すべての機能が収まることを確認しました。が、また問題発覚。近隣に薬局がないのです。調剤薬局3社にお願いし、薬局を出店できる場所を探していただいたのですが、他に空き物件は見つかりません。物件が狭いので、院内薬局も難しく、近隣に薬局がなければクリニックも無理だろうと泣く泣くあきらめました。
次の物件は、駅前商店街のはずれ。人通りはかなりあります。以前は近くにクリニックがあったようなのですが、駅の向こうに移転してしまって、ぽこっと空白地帯になっているのです。これはチャンス。薬局もすぐ近くに1軒あります。ただビルが少し古く、且つその商店街自体も昔ながらの下町風の雰囲気。先生にも内見していただき、条件として良いことは理解してくださったのですが、なんとなく気乗りしないようです。朝の通勤時の人の流れや競合の強さなどの定性調査も良好。もうここしかない!と私は太鼓判を押したい気分なのですが、当の本人である先生は煮え切らない態度。どうも街そのものが先生の気持ちにぴったりしていない様子なのです。
不動産屋さんに悪いと思いつつ、その物件の交渉権を引き延ばしながら、他の物件も急ぎ探します。
そして見つけたのが、駅から徒歩3分、公共のホールの向かいの物件。近隣に内科の競合がいくつかあるのですが、詳しく調べていくと、標榜が内科・整形外科となっているクリニックが整形外科がメインだったり、内科も掲げているけど肛門科中心だったり、先生が高齢で診療時間が極端に短かったり...。実質的な競合は近隣に1件しかなく、計算上の推定患者数より実際はかなり多くなりそうです。朝、夕と時間を変えて訪れると、物件から少し先に大きな自転車置き場があり、みなそこに自転車を置いて、物件の前を通って駅に向かうので、通勤・通学時は昼間の何倍も人通りがあることがわかりました。数軒離れたところにドラッグストアがあり、交渉すると調剤を始めてもよいとのこと。すべての付随条件はOKのようです。
そんな情報とともに、物件を内見された先生。物件をじっくり見て回り、近隣を歩いて競合をみた後、再び物件に戻ってきました。居抜き物件のためちょうど残っていたソファーに腰をおろし、しばらく外の街路樹の緑を眺めたあと、そっと目をつぶって、そしてゆっくりと目を開けてうなずきました。ご自分の気持ちにぴったり合ったのでしょう。1年以上かかった物件探しの終了の瞬間でした。
このように私たちは、さまざまな条件を考えながら物件を探していきます。
・ある程度の患者数が見込めるか
・近隣に競合が多すぎないか、強い競合がいないか
・視認性がよいか、朝・昼・夜など異なる条件でも人通りがあるか
・内科の機能が物件の中にうまくレイアウトできるか、水回りや電力量に問題がないか
・薬局の手配が可能か
等々、考えなければならないことはいろいろありますが、先生の気持ちにしっくりくる物件であることを、何より大切にしたいと思っています。
先生の夢を託せるたった一つの物件を見つけ出すため、これからもがんばっていきたいと思います。




